安いスーツは長持ちしない?は本当か?
最近は不況の影響もあって、洋服の価格が全般的に安くなっています。安い洋服を使い捨て感覚のワンシーズンで廃棄していく買い方が主流になっているといってもイイでしょう。ただ、紳士物のスーツに関してはワンシーズンで使い捨てというわけにはなかなかいかないですよね。安いスーツだと直ぐに「くたびれちゃう!」という声もよく聞きます。イイ物を買った方が長く着られるという声も聞きます。本当にお得なスーツは何かを考察してみます。
イイ物って何だろう?
洋服というのは型番があるモノと違って、普通の方にはその価値がわかりにくい代表選手だと思います。この商品が本当にイイ物なのか?自分に似合っているのか?洋服業界に携わって数十年になりますが、業界に足を突っ込むまでは洋服の購入というのはその都度不安があったことを覚えています。個人的にはイイ物を長く着用するという方が結局お得だと思いますし、それを推奨したいとも思っています。でもイイ物と一口に言っても判断するのは難しいですよね。金額をたっぷり出せばイイ物が買えるのは、ある意味事実です。スーツ一着に数十万円をポンと出せる人は、こんな文章を読む必要は全く無いです。
イイ物はくたびれないという声
イイ物はくたびれないという声は否定もしませんが肯定もしません。どちらのケースも実はあるからです。この文章を書こうと思ったのも、先日あるコラムを読んだからです。中傷する様な気持ちは全く無いですし、誤解を生んでもイヤなので詳細は書きませんが、素材のイイ物を選ぶ方が長く使えて結局お得で、素材の良さは生地ブランドを選べば大丈夫という内容だった思います。そうなんです!素材は大事なんです!スーツの善し悪しには当然、縫製も深く関わってきますが、今回は焦点を絞って素材について歴史をおさらいしながら考えていきましょう。
ガチャマンの時代
「ガチャマン」という言葉を知っている方は少ないでしょう。経済年表を見るとガチャマン景気という言葉がちゃんと出てきます。1950年から始まった朝鮮戦争の特需、いわゆる朝鮮特需というものです。今からではとても想像も付きませんが、1951年の法人税上位には繊維関連の会社が多く名を連ねました。「ガチャマン」というのは、織機がガチャンといったら、万の金が儲かるというトコロから来ています。朝鮮特需でトヨタ自動車が息を吹き返すことが出来たのは有名な話ですが、実はその特需の大きな部分の数字が繊維製品だったことはあまり語られることはありません。軍服だけでなく、テントだとか軍用の毛布・土嚢用麻袋などでした。
1950年代に生産された織機
尾州産地とは?
紳士服の重衣料に用いられる素材と女性用の重衣料に用いられる素材は本来違います。ここ10年くらいで価値観も随分変わり、その差は少なくなってきていますが。婦人服はドレープと呼ばれる柔らかく、しなやかな落ち感が大切です。それに対して紳士服は張りのあるビシッとした感じがあることが基本です。紳士服素材、特にウール素材に関しては尾州産地が有名です。愛知県の名古屋市の北側に位置する一宮市や尾西市(現在は一宮市に合併しています)津島市など、その界隈一帯を尾州産地と呼びます。この産地の特徴は世界の同様の産地と違い、分業化されているトコロにあります。綿から糸にする会社・糸を撚る(撚糸と呼ばれる糸を捻る加工です)会社・糸を染める会社・そこまでの作業を纏めて織機を使って織物にする会社・折り上がった織物を検品する会社・最終的に整理(織物をお化粧したり加工したり、白糸で織られた織物を染色したりする仕上げ工程です)会社という風に別々の会社が特徴を生かしながら、一つの織物を生み出すわけです。たくさんの会社が一つの織物を仕上げる尾州タイプと、海外(主に当時はイタリア・英国など)によくある一社で完結するタイプでは、それぞれメリットとデメリットがあります。
尾州産地の強み
尾州産地の一つの織物には、たくさんの会社が携わる事は上記で説明したとおりですが、実際はもうちょっと複雑です。たとえば、織る作業をする機屋(はたや)と呼ばれれる会社は全部自社で織るワケではありません。子機(こばた)と呼ばれる外部の会社に作業を委託するなど、それぞれがさらに細分化されています。つまり組み合わせは無限大にあるのです。もちろん、それぞれの機屋さんに得手不得手がありますし、メインで使う組み合わせは存在しています。それでも、こういうモノを生産するなら糸はコレ・染めるのはココ・織るのはココで、仕上げはココだ!ということが出来るのが尾州産地の強みです。この強みと円が安かったこともあって世界の市場で重宝されました。ただ、1970年代まではウールは贅沢品だったんです。
当時のスーツ価格
一張羅という言葉も、死語になっていますね。1970年代くらいまでのスーツは高価だったんです。どれくらい高価だったかの指標としてよく言われたのは、給料の一ヶ月分という価格です。現在の価格に換算すると、20万円というところでしょうか。一張羅の意味を辞書で調べると、「一枚しかなくて、着たきりで脱ぎ代えられない着物」とあります。 おいそれと買える代物では無かったんですね。その頃にスーツといえば基本的にオーダースーツのことで、既製服はちょっと安い「つるし」と呼ばれる卑下のニュアンスを含んだトーンでした。当然それだけの値段がとれるのですから、当時の織物は贅沢な原料を使用して、たっぷりと時間をかけて丁寧に高密度で織り上げることが出来たワケです。デザイナーや業界関係者達が、当時のモノを珍重して古着を探すのは、そんな理由があります。
スーツをどこで買うか?
1970年代にスーツを買うのはテーラーか百貨店と相場が決まっていました。その潮目が変わってきたのは1980年代になってからです。従来の百貨店とは違う売り方をする丸井などの台頭と、そこで扱われるDCブランド(デザイナー&キャラクターブランド)。また洋服の青山やコナカなどの郊外店です。 両カテゴリーともブームと呼べる躍進を遂げたのは「つるし」だったのです。その頃から卑下の意味での「つるし」という言葉は急激に無くなっていきました。個人の所有するスーツの着数が増えていったのもこの頃からです。「一張羅」も耳にしなくなっていきます。郊外店の扱う39,800円とか49,800円のスーツは価格破壊という言葉を伴って飛ぶ様に売れます。高価だったスーツが5万円前後で買える様になったのはこの頃です。
高級インポート素材ブランド
ウールの存在感
素材の話に戻します。前述した様に紳士服のために作られる織物は、目付(織物の重さ)のついたガッチリしたものがあくまで主流でした。きちんとしたスーツであれば、ほぼ例外なくウール100%ないしはそれに近い混率が普通でした。春と冬で分けることをしない、出来ない一張羅の時代は、それで済んでいましたが、攻勢をかける「つるし」軍団は価格で物量を裁くために夏は夏用のスーツ(春夏スーツ)を当たり前にしました。平織りと呼ばれる一番肉が薄い織物のことをトロビカルと言います。1980年代までは婦人服でウール100%のトロピカルは存在しましたが、紳士服でトロピカルと言えばポリエステルとウールを組み合わせた(ウール45%に対してポリエステル55%が主流)モノのことを指していました。ガッチリ感がウールでは出せないと考えられていたからです。婦人服で使われていたウール100%のトロピカルを大幅に高密度にしたウールトロピカルが紳士服に使われる様になったのは1980年代からです。シーズンを通じてスーツの中心混率がウール100%になりました。
ウールの良さ
ウールの良さの一番は、なんと言っても素材が生きているということです。は!??何じゃそれ!??って思ういますよね。解りやすく言いますと、ウール自体が呼吸するということと、素材自体にシワの回復力があるということです。夏場にポリエステルのスーツを着た経験がある方ならお解りかと思いますが、ウールのスーツに比べて暑いです。間違いなく。また、上質なウールを使っているスーツなら、一日着た後でスーツにきちんとかけておけばシワが回復するんです。ポリエステルには出来ない芸当なんですよ。ポリエステルはシワになりにくいをセールスポイントにしてるモノもありますが、むしろ一度シワになったら取れないのがポリエステル原料の織物なんです。何故そうなるか?という事に関して書くなら・・それだけで一本書けそうですが、一口にいってクリンプという、毛が本来持っている縮れが効いているんです。
ウールのデメリット
いいことずくめの様なウール素材なんですが、デメリットもあります。天然繊維だからこそ物理的には決して強くはありません。前述のウールトロピカル素材なら手で引き裂くことは出来ますが、同様のポリエステル素材なら、かなり難しいです。(余談ですが熱に強いのはウールなんですけどね。燃えないわけではありませんが、燃えにくい特性があります。ポリエステルは簡単に溶けます。たばこの火をうっかり落としたら、ウールなら直ぐ払いのければ大丈夫であっても、ポリエステルなら確実に痕が残ります)毎日着用し続けるのも避けた方がイイです。一日着たら最低でも一日は休ませる。ブラッシングをしてハンガーにきちんと吊すなど保守が必要です。
19,800円だと問題ないのに1,980円だと問題になること
良い素材のスーツが長く着られるか?イイ物はくたびれないか?という疑問に対し冒頭で、否定も肯定もしませんと書いたのは扱いによるところが大きいからです。乱暴な言い方ですが、おしなべて高価で上質な良い素材の方が本質的には弱いです。物理的に弱いというだけでなく、虫対策も重要です。上質な良い原料のウールは虫にとっても大好物なんです。筆者も以前に分不相応と言われる様なイタリア産高級カシミヤスーツを購入しましたが、一年経って颯爽とタンスから取り出したら・・・腰から崩れ落ちたことがありました。
実際にあるアパレルであった話ですが、百貨店を中心に19,800円という高級スラックスをそれなりの数量販売していました。お客様からのクレームも一切ありませんでした。モデルチェンジに伴いサイズ不揃いになった在庫品を近所の人向けにファミリーセールで1,980円で販売しました。アパレルの認識では商品自体に全く問題はなく、お客さんも喜んで購入されて即完売だったそうです。ところが!・・・しばらく経ってからクレームの嵐になりました。安かったから仕方ないのかもしれないけれど、すぐ駄目になったじゃないか!
取り扱いと保守が大切
クレームを受けても、最初は事情が飲み込めませんでした。販売数量でいったら、今まで全くクレーム無く百貨店で販売してきたのに比較して僅かな数量なのに・・・何故これほどまでに??買ったお客様達の声を丁寧に聞くと直ぐに事情が飲み込めました。上質な素材を使用したスラックスは1,980円の扱いしか受けていなかったからです。聞けば、毎日自転車を漕いで通勤に使ったり、驚くのは鉄棒したり・・・。
ウール素材の原料価格
ウールの原料である羊毛価格は相場があって変動します。相場には為替も関係してきますから一概には言えませんが、1990年代の初め頃が一番安かったと思います。世界中でウールを着る需要が増えたり、気候変動や干ばつの影響もあって、現在の羊毛の価格は安かったときの3倍から4倍以上になっています。スーツ離れや不況の影響もあり、店頭販売価格が上げられない紳士の重衣料売り場から、以前に比べてウールの比率が急激に下がったのは価格という理由があります。同様の理由で現在販売するウール素材の多くの質が下がっていることも間違いありません。これは世界的な傾向でインポート素材と呼ばれる海外のブランド素材も例外で無い事が多いです。
先日、ちょっと事情があるインポート素材のスーツを物流倉庫で見る機会がありました。事情があると言っても、商品自体には何の問題も無く、会社の資金を含めた事情に問題がある、数年前に生産された商品なんです。この商品の出来が素晴らしい!現在出回っている商品よりも、明らかに上質さは上です。イイ原料を使っているんだなぁ~ってプロなら誰でも一目で理解出来ます。ところが更に驚いたのは、その転売価格の安さなんです。
紳士服業界の構造と不況
紳士服に限らず、営業活動をする者にとっては数字がついて回ります。予算を会社に報告し、それに対して仕事を組み立てます。洋服業界が少々特殊なことは書き出したらキリがありませんが、その一つに発注から納品までに時間が掛かる事が上げられます。次のシーズンの予算を出すのに、昨年対比の数字がマイナスだと上司はまず聞き入れてくれません。現場をよく知る担当者としては、この売り場でこのタイプが今シーズン1,000着売れたけど、昨今の状況を勘案すればおそらく同タイプの商品は売れても800着だろうなと考えたとします。そのまま出しても予算は通過しないので、あれこれと理由をつけて増加は難しいですが昨年並みに頑張ります!と報告することになります。
そうして組まれた予算を達成するために頑張るワケですが、実際に商品が無ければ絶対に予算は達成出来ないわけで、販売する半年以上も前に1,100着の発注を業者にすることになります。契約ですから何も問題は無いのですが・・・発注を受けた方はイロイロと考えるところがあります。洋服業界では依然として売る方と買う方の力関係が存在しているからです
商品の売れ行きが悪かった場合、あれこれ理由をつけて引き取ってもらえない事は実際にあります。長い目で見てどちらが得か考えるわけです。そこで、1,100着の発注が来たけれど・・・あの売り場で今の状況を考えると売れても800着ではないのか?売れない300着を最終的に押しつけられるのではないか??と考えるわけです。しかし、万が一先方の思惑通りに売れてしまった場合は大きな責任問題に発展します。保険をかけて900着の生産にかかるわけです。
シーズンが始まってみると・・・実際に売れたのは700着という結果になりました。やっぱり残った商品は引き取ってもらえません。言うがままに生産しているよりも被害は抑えられましたが、200着の商品は経費をかけて長期間眠らせておいても良いことは何もありません。そこで現金化することになります。生産業者は自分のところで販売するルートを殆ど持っていませんし、ブランドの管理ということもありますので、信用できる専門業者に転売することになります。売れた700着は生産原価や経費の足し算で販売していますが、その中の経費にこの手の経費も含んでいますから、転売時には足し算の価格で販売しなくても済む様になっていますし、そうでないと転売できません。それ故に転売価格は生産原価を大きく下回る価格になることがあるのです。
わかるかなぁ・・・
今年の商品と昨年以前の商品の見分けが付くか?
なんだ・・・古い商品だから安いって事か!と納得するのはちょっと早いです。実際は業界内には鮮度という考え方がありますから、鮮度の高い商品(生産されてから時間が経過していない)ほど転売価格も高価になりますから、生産業者の判断で本来売る店舗と時間差が無い事も大いにあります。また、よっぽど個性のある商品ならハナシは別ですが、定番的なビジネススーツの変化があるといっても素人筋に判断付けることは困難です。10年以上も前の商品なら解ることもあるでしょうが、そんな商品は実際には保管経費が掛かりすぎるので出回りません。ラペル(襟の形)とかシルエットの事は一旦忘れて、上着のボタンが2つでパンツのタックが無しかワンタックの商品を選んでおけば間違いありません。
どこで売ってるのか?その1
選び方は解ったけど・・・その手の美味しい商品はどこで買えるのか?そうなんです。解りやすく表示してあったらイイんですが、普通に売りたい商品が売れなくなるので店舗ではそんな売り方はまずしません。今、全国展開する紳士服チェーン店では店舗閉鎖が相次いでいます。初心者にオススメなのはこの手の商品を狙うことです。といっても普通にお店に行っても買うことは出来ません。閉鎖によって浮いた在庫の処分方法として福袋があります。実際の店頭ではお正月にやっていますが、ネット上では正月に限らず期間限定でやることが多いです。あるモールの売れ筋ランキングです。
スーツの価格だと思えない価格で販売していますよね・・・。福袋というのは何が入っているか解らない。販売する側からみれば、在庫処分だからです。その価格で販売するために見合う原価で生産した商品は一着もありませんから、消費者にとっては非常にお得なワケです。何が来るか解らないと言っても、赤や黄色のスーツが来ることはまず無いでしょう。前述の2ボタンのビジネススーツなら無難な商品が届く可能性が大半です。だから購入者のレビューも悪くないです。当然です。(お持ちのポイントの都合によって購入するモールは変わるの理解出来ますが、今のオススメはYahoo!ショッピングです。(よろしかったら、 撤廃ではない!楽天市場の送料無料問題 もご覧いただけたら幸いです)
どこで売ってるのか?その2
福袋は不安だし、好みもあるしなぁ~・・・・という方には、その手の商品を売っているお店を探す方法があります。紳士服の素材を供給する一大産地として尾州産地があることを説明しました。紳士服生産アパレルも、その界隈に集中するのは必然です。尾州にほど近く商業地である名古屋市には指折りの紳士服アパレルが何社も存在します。その手の業者もその界隈にあるワケでして
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その手の商品を扱う会社が出てきます。
名古屋市に気軽に行けるエリアの方でしたら、お店に行ってみてください。そうでは無い方も通販を全国に行っている会社もあります。ここで出てくる会社が販売している商品は、通常の足し算で構築された商品は逆に無いと思われます。この手の美味しい商品が選び放題ということになります。
賢いスーツとの付き合い方
最近多く出回っているポリエステル100%やレーヨン混のスーツを決して否定しません。新しいトレンドもありますし、若い方には全然ありかと思います。ただ年齢を重ねて立場のある方達には上質な原料のスーツを着ていただいた方が良いと思います。混率の目安としてはウール100%かウール50%ポリエステル50%までですかね。それを上記の買い方で激安で購入した商品を、値段ありきの扱い方を決してしないでキチンとメンテして愛でること。これが実践できれば、従来かかっていたコストより遙かに低価格で豊かなビジネススーツライフがお楽しみになれますよ。